有為転変堂

趣味、政治、日常ごった煮

幽麗塔のジェンダー描写

 

※この文章は2022年3月にふせったーにて投稿した感想文(という名の愚痴)を転載したものです。

 

※当時の自分の浅い知識による見解から、ジェンダーマイノリティがカミングアウトしてクローゼットから抜け出した描写を注釈なしに良いことと書いている箇所があります。

現在は、差別が蔓延しているこの社会ではクローゼットから抜け出せない/抜け出すことを選ばない人の選択も尊重されるべきであり、カミングアウトを注釈なしに持ち上げることはクローゼットから出ないことを選択した方にプレッシャーを与える可能性もあるかもしれないと考えています。

 

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本当は全話読んでから評価するべきなんだろうけど、全80話中15話まで読んだところでいろいろ耐えられなくなって中断してしまったので、あくまで15話時点まで+wikiや感想記事などのネタバレで得た知識による愚痴。

この作品との出会いは、さかのぼることおよそ8年前。最寄りの本屋では、新しく発売されたコミックの1話分を印刷した小冊子が本棚に括られていることがたまにあり、新作の試し読みができた。その中の1つに、当時まだ連載が始まって間もなかった幽麗塔もあった。1話目のインパクトが強い作品なのでよく覚えている。
数年後、Twitterフェミニスト垢の間で #ジェンダーストレスの少ない作品 というタグが流行った際に、一人の方がこの作品をオススメとして挙げていた。日頃からTwitter上で見かけたオススメ作品をメモする習慣があった自分は、へぇーこの作品ってそういう感じなんだ…… と思いながらメモに書き加えた。
そして先日、時を経てようやく一覧の中にあった幽麗塔を読み始めたのだ。ピッコマで。

元々ジェンダーの知識が深い人がオススメしていた作品なので、期待は高かった。そしてググってみたら2014年に「センス・オブ・ジェンダー賞」なるものも受賞していると知って期待はさらに高まった。
思えばその高まりに高まりすぎた期待も仇となったのかもしれない……

まず幽麗塔の何が一番無理だったかというと、この作品に登場する複数のクズな男性キャラがクズな部分をお披露目してもほとんど何もお咎めがなく放置されていた点だ。
クズといっても少々性格が悪いとか欲深いとか、そんなレベルではない。

一人は、学園のマドンナ的存在だった女性が床に伏せている母親の手術費が払えず困っていたところにつけ込み、結婚を取り付けた(しかも彼女が殺されてからは一人残された母親を見捨て、手術費の支払いは反故に)。
一人は、実の娘を性的虐待などで肉体的にも精神的にも支配し、自分以外の男を近づけないよう監視までしていた。
一人は、事ある毎に女性の肉体の性的魅力をジャッジしまくりな上、自分の身の上を利用して無理やり迫ってきた男を殺さざるを得なかった若い女性キャラについて「刑務所出るころにはいっぱしのアバズレになって逞しく生きていくだろう」などと言い放った根っからのセクシスト。

3人目はどうやら物語の途中で死ぬらしいことが分かったが、恐らくこれまでのセクシズム発言とは全くの無関係な死に方をするのだと思う。
あとの2人は完全にお咎めなし。

クズな男性のクズな部分や抱えている問題を描くために女性キャラが何のフォローもなく舞台装置として消費されていく様を、まさかジェンダーストレスの少ない作品としてフェミニズムと親和性の高い方に紹介されていた作品で見せられる羽目になるとはまったく思っていなかった。

いろいろ検索していたらこの作品を紹介した方のアカウントを再発見したので、「幽麗塔」のワードが含まれるツイートを他にも検索して感想を読んでみた。
上記した3人目のクズ男性キャラについて、このキャラは好きだけど発言にミソジニーが見受けられる。あえてなのか? とツイートしてらっしゃった。
(あえてなのか?と疑わざるを得ないほどフォローの足りてないミソジニー描写がある作品を、"ジェンダーストレスの少ない作品"として紹介しないでほしかった……)

そしてwikiいわく、性的虐待を受けていた娘キャラは一度は母の元に逃げ込もうと考えたものの、虐待父の元での裕福な暮らしを当たり前に育ったせいで母の貧乏暮らしに馴染むことはできないだろうと考え、脱走を諦めてしまうらしい。
貧しいが身の安全が保たれる暮らしよりも壮絶な虐待をしてくる心の底から憎んでいる父を選ぶ娘なんているんだろうか……逃げるあてが全くないのならともかく。
作者は虐待について軽く考えすぎてないだろうか。
この娘キャラは最終的には父の元を離れて一人で逞しく生きていくらしいが、長年続いた虐待によるダメージ描写や父親への制裁は(ネタバレを読んだ限りでは)一切なさそうで、真面目に回収する気もないのに物語のスパイスに性的虐待というセンシティブな題材を使うなよと思った。


そして、幽麗塔のジェンダー描写といえば一番重要な主題とも言える部分がある。主人公とともに行動するメインキャラ、テツオの存在だ。
このキャラクターはトランスジェンダーであり、その事実はこの物語の根幹に関わってくる。

ネタバレを読んだ感じだと、物語の最後にはテツオは自分のジェンダーアイデンティティを明かした上で、マイノリティへの差別がない世の中を作るべく主人公と共に行動することを決意するらしい。読んでいないため細かい描写などは分からないが、オチは悪くはないと思う。
クローゼットからも抜け出し、恐らく主人公もそれを受け入れ、前に進むことができたのだから。

ただ、それまでのテツオの描き方には(自分が読んだ15話までの時点でも)かなりの問題があったように思う。
テツオは(トランス)男性なのだが、作中においてやたらと出生時に割り当てられた性別に基づく性的誇張描写が多かった。主人公と出会って間もないころの入浴描写では腰のくびれを強調するようなアングルがあり、ポーズもかなり女性性を意識したものになっていた。旅館のシーンでは酔ったテツオが山に登る際にバランスを崩し、浴衣がはだけて腰から脚がおっぴろげになるのだが、そのシーンもやたらと艶やかで、シス男性の肉体を描くのとは明らかに異なる力の入れようだった。
しかも、主人公はそんなテツオの容姿を見てドキドキする場面が何度かあり、何で相手は男のはずなのにこんなに反応してしまうんだ!?と彼はそのたびに苦悩する。

自分はシスジェンダーなのでトランスジェンダーの方がこれらのシーンを見てどう感じるのか、その感覚を事細かに想像することは難しい。でも、少なくとも サイコー! とはならないんじゃないだろうか……
トランスジェンダーの方にとって最も意識したくない事柄であろう、自分をトランスジェンダーたらしめる「出生時に割り当てられた性別」をこれでもかと意識させるような描写があり、さらに異性の主人公がその部分に性的魅力を覚えるシーンが何度もあるというのは……
あくまでトランスジェンダーの知識がそこそこあるシスジェンダーの一個人による感想だけど、「シスジェンダー目線で描かれたトランスジェンダー」の域を出ないように思う。


そんなこんなでつもりにつもった不満が爆発し、15話までしか読むことができなかった幽麗塔。
まあでも、この作品が連載開始したのは10年以上前の2011年12月。その当時の自分はフェミニズムのフェの字も知らない根っからのセクシストだった。
もしかしたら幽麗塔の作者も、最近の作品では幽麗塔の時のようなジェンダー描写はしていないかもしれない。確かめるにはそれなりの勇気がいるが。

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追記

この作品が受賞した「センス・オブ・ジェンダー賞」だが、主催団体の関係者の複数名がトランス差別的な言動をSNSに投稿していたことが確認されており、現在自分はこの賞や団体そのものを懐疑的に見ています。

(トランス差別的な言動が投稿されたのは、幽麗塔が受賞したあとの出来事です)